gakushu - 1872、北極探検を目指す日本人
1872、北極探検を目指す日本人
- 2016-8-19 16:47
(NHK20150112)
1875、英国海軍はそれまで探検家が到達したよりさらに北の
探検を行った。海軍は壊血病は問題ではないと考えていた。
ナポレオン戦争のときにフランスの港を封鎖し長い期間にわたって
海上に留まることができた。これはシシリー島からの組織的なレモン
の供給によるものであった。上層部は西インドからのライムを使う
ことにした。これはレモンより酸っぱいので抗壊血病性は強いはず
と考えたからである。イギリス本国でアルコールを加えて瓶詰めにした。
2艘は122人を乗せて1875年5月に出航し、北緯82度の氷中で冬を越し、
翌春にソリで探検に出発した。6月までに60人が壊血病にかかり、
4人が死亡し、船は帰ることになった。これは大きなスキャンダルとなり、
詳しい調査が行われた。乗員の毎日の配給食には4オンスの "保存野菜" 、
1オンスのピックルズ、1オンスのライムジュースが含まれていた。
ある批評家は、リービッヒが生理学を新しい科学として抗壊血病物質理論は
致命的な打撃を受けた、と述べた。他の人たちはエスキモーは極北の地で
果物や新鮮な野菜が無くても健康なのは何故か調べなければならない
と主張した。
長い航海で出会うもう一つの問題は夜盲症であった。これは時には
壊血病とともに起きることもあった。船の外科医たちは夜盲症を
壊血病進行の初期症状と考え、両者は食事に新鮮な緑色野菜を加えるのが
有効であると考えていた。しかし、多くの人はこれらは別の疾患である
と考えた。それは両者が必ずしも一緒に出現しないし、夜盲症では
しばしば角膜に潰瘍を生じたからである。
19世紀の初頭にこの病気を魚油またはタラ肝油で治療に成功した
という報告が何人かの医師によってなされた。また、このような
眼疾患の患者にいずれかの動物の肝臓を調理して与えるという
古くからの民間療法があった。
この方法は1950年代におけるオーストリー海軍の世界一周航海
において試された。喜望峰からジブラルタールへの長期にわたる
航海で350人の乗組員のうち60人が夜盲症になった。前から機会が
あれば治験をするように言われてきた船乗り組み外科医は、
ジブラルタールでウシの肝臓を得て、60人全員に与え、
結果は "真に奇跡" であったと報告した。