「勉強なされい」(吉田松陰:大河ドラマ花燃ゆ)

gakushu - 1852、浅草ふくふくまんじゅう

1852、浅草ふくふくまんじゅう

   2015-8-2 19:30  

(TV東京20140307)



 

1848の二月革命の後の大統領選挙で、
ルイ=ナポレオンがナポレオン1世の甥という出自を生かし、
労働者や農民の幅広い支持を得て当選した。
1852、国民投票でルイ=ナポレオンの皇帝即位が可決され、
第二帝政の始まりとなった。

1850年代になると、カイコの微粒子病によってフランスの養蚕業
は激変し、当時最盛期を迎えていたリヨンの絹産業に大きな痛手
を与えた。その事を知った徳川家茂はナポレオン3世に
絹の繭を贈った。

1865以降、横浜とリヨンの間で蚕や繭の貿易が発展し5年後には
リヨンは絹貿易では世界一となった。1872年、膨大な外需に対応
するため、富岡に最初の絹製糸工場が建設され、
フランスが主役となって輸出が行われた。



日本の戊辰戦争においては、徳川幕府側を支援した。

 

 

 

 

渋沢栄一の頭の中に四民平等の新しい社会をつくるには
何が必要かということが,おぼろげにわかってきたんです。

それは何かというと,ジャン・ジャック・ルソー流の,
あるいはフランス革命的な平等思想では全然なかったんです。
渋沢は,共和思想とかそういうものにほとんど関心がないんです。
そういう政治的,体制的なものには興味がない。

当時は第二帝政というナポレオン3世の帝国ですから,
共和思想に触れる機会がなかったといえばいえる。しかし,
そうしたことよりも,渋沢が経営農民の出身だったことが大きい。


つまり,渋沢は自分の身分である商人という視点から
日本を開かれた平等社会にするには何をしたらいいかと
考えたわけです。そのあげく,社会革命の方法として,
これだっ,と思ったのは,意外なことに「株式会社」だ
ったんですね。株式会社こそが革命の方法であると。

・・・

サン・シモン主義とは,資本主義的倫理観がない土壌において,
ブラックマーケット型ではない,テクノクラートの調整する
管理型の資本主義を外部注入し高度資本主義をつくっちゃえ、
という考え方です。

サン・シモン伯爵は若いときにアメリカの独立戦争に参加し帰国。
しかし,フランスに帰ってきて大革命を経験するうち考えが変わってくる。
フランスは大混乱に陥っていたんです。そのときに革命政府は
お金がないので,最初は利付き国債,次にアッシニヤというペーパーマネー。

1792「自由のフランス、隷属の英国」:
市民革命の混乱で仏国はハイパーインフレ

 



ところが,混乱時の常、過剰発行に陥り暴落。だけど,
このアッシニヤは亡命貴族の土地が担保。伯爵はベルギー銀行家と
アッシニヤを買い集めて,よしっ,国家を乗っ取っちゃえと。
ところが,革命政府の横やりでそれは失敗し著作活動に入る。




これからの社会は,実業人だけ必要と。

物が,人が,お金が動く。
物が停滞することは何も生まない。
タンス預金は富を生み出さない。

お金の流通は銀行,物と人の流通は鉄道,
タンス貯金で株式を買い配当として富を得る。
そのお金が社会に投資されて新たな
ベンチャー企業を生んでいく。一種のベンチャー
キャピタルとベンチャー企業の仲立ちとしての株式会社。

「産業人による,産業人のための,産業人の社会」
=サン・シモン主義。




サン・シモンの場合,人間の利己心の歯止めに宗教・道徳的なモノ
としてサン・シモン教会というものを主催すると、
ナポレオンの時代が終わってしまって自分たちの才能が
宝の持ち腐れになると感じていたエンジニアたちがこれに飛びつき,
多くの秀才たちがサン・シモン教会の周りに集まります。


詳細→YouTube:世界じっくり紀行

 

 

 



この時代,ナポレオンの甥のルイ・ナポレオン・ボナパルトという人が,
スイスとかイギリスとか,そういうところで亡命生活を送っているうちに
サン・シモン主義の布教パンフレットを片っ端から読んで,ウーン,
これはすごい。もし俺が皇帝になったら全部これを実現しちゃおう,
なんてひとりで考えていたんですね。

しかし,彼が皇帝になる可能性はゼロパーセントだったんです。
なぜかというと,このナポレオン3世は,おじさんのナポレオン大帝
にならってクーデターで政権を取っちゃおうと思っていたんですが,
これが2回とも大失敗。牢獄に閉じ込められてようやくそこを脱走する
というありさまでした。ところが,1848年に二月革命が起こって,
大統領選挙が行われた結果,ナポレオン3世は当選して大統領に
なっちゃったんです。


思ってもみなかった権力が向こうから転がり込んできて,大いに喜んだ
ナポレオン3世は,かねてより心に誓っていたサン・シモン主義の
プログラムを実行に移します。そうして,抵抗に遭うと,これを
クーデターで倒してしまって,第二帝政というものをつくります。
そしてブレーンとしてサン・シモン主義者たち,
ミシェル・シュヴァリエ,それからペレール兄弟などを雇います。


ミシェル・シュヴァリエという人は万国博覧会の生みの親であり,
英仏通商協約という関税撤廃システムの最初のアイデアマンです。
それからペレール兄弟というのは,ロスチャイルド銀行型とは違う
ベンチャー企業型の銀行をつくろうと思った人です



というのは,当時の銀行というのは産業投資のための銀行
じゃなかったんです。たとえばロスチャイルド銀行というのは
基本的に大金持ちから預かった金を外国債に投資する。あるいは
為替差益で儲ける。これはメディチ家も,フッガー家も全部
同じです。つまり,A地点と, B地点と,C地点という3つの地点で
支店を設け,その為替差益によって利益を上げていくのが旧来型の
銀行のシステムです。だから銀行発祥の時代には,どの銀行も誕生と
同時に支店をたくさんつくります。ロスチャイルドもそうでした。

彼らは大金持ちから金を預かって利率のよい外債に投資する。
いまのファンド・トラストと同じですよね。アメリカでも,
大金持ちから預かった金を,一番利益の上がりそうなところに
投資するわけですね。これは産業投資とは全然関係ないです。
(2009鹿島茂)

 

 

 

 

 

 

 


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詳細→YouTube:水道橋博士

 

 

 

 

 

 

 

特集:北米イノベーション・エコシステム 注目の8エリア

2019年11月22日

米国では、アップル、マイクロソフトをはじめ、アマゾン、
グーグル、フェイスブック、ユーチューブ、ウーバーなど、
多くのIT企業が、革新的な技術やアイデアを用いて新たな価値、
新たなビジネス、新たな市場、新たな産業を生み出し、これが
経済成長の原動力の1つとなってきた。

いまやイノベーションの創出は経済活性化のキーワードであり、
そのための環境をいかに整えるかは、米国のみならず世界各地
において重要な課題となっている。

そこで注目されているのが、イノベーションや起業を促すしくみ、
いわゆるエコシステムである・・・
 

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