gakushu - 中高_歴史_1400カテゴリのエントリ
(TV東京20140618)
1493年出版:独「ニュルンベルク年代記」
当時ニュルンベルクはその最盛期を迎えていた。優れた手工芸や
ヨーロッパの中央に位置する交易上の好条件により、
この街に富がもたらされた。この時代のニュルンベルクは
ケルンやプラハとならぶ神聖ローマ帝国最大の都市の1つであった。
ニュルンベルクは出版や高級品の貿易拠点として、
重要な繁栄した都市であった。街はアルプスを縦断して
比較的距離の近いイタリア、特にヴェネツィアと大きなパイプがあった。
13歳:自画像(1484)
『ニュルンベルク年代記』出版者デューラーは、
父がハンガリーからドイツ南部に移住してきたマジャル人で、
デューラーはハンガリ語で「扉職人」の意。父は金細工職人。
デューラーの見習い先コーベルガーは1440年パン屋に生まれ、
金細工職から起業し、ドイツの初期の出版家として最も成功した一人となった。
最終的には印刷機24台を所有し、リヨンやブダペストなど、
ドイツの諸都市に多くの支店を出した。
見習い期間を終了すると、デューラーは、
一般的なドイツの習慣であった、ギャップ・イヤー中に
見習い人が他の地域で芸術家から技術を学ぶ遍歴の旅に出た。
1494、ニュルンベルクでのペストの流行し、
デューラーはイタリアのヴェネツィアに出かける。
彼の評判はヨーロッパ中に知れ渡り、彼はラファエロ・サンティ、
ジョヴァンニ・ベリーニやレオナルド・ダ・ヴィンチ
を含む有名な芸術家と親睦を図ったり、連絡を取り合っていた。
(NHK20140814)
(NHK20150904)
1450、ペルシャコーヒでは、コーヒー豆を砕いてから飲むようになる。
(TBS20150614)
(TBS20150614)